会議で、誰も言わないことに気づいてしまう。
みんなが笑っている場所で、ひとりだけ笑えない。
盛り上がっている輪の中にいるのに、どこか遠くから眺めているような感覚になる。
そういうことが、たびたびありませんか。
そしてそのたびに、「自分は人とどこかおかしいのかもしれない」「変わり者なのかもしれない」と、その感覚を自分で追いやってきませんでしたか。
この記事は、その感覚を、信じていいという話です。
見えているのに、見えないことにされる
最初のうちは、あなたもその違和感を口に出したかもしれません。
「なんか、おかしくないですか」
「それ、本当に必要でしょうか」
返ってきたのは、たいてい同じような言葉だったと思います。
考えすぎだよ。気にしすぎ。真面目すぎるんだよ。
それか、なにか異物を見るような目や空気を向けられたのではないでしょうか。
そうして、いつの間にか口を閉じてしまった。言っても伝わらないなら、言って空気が固まってしまうなら、言わないほうが良い。それは自然なことです。
問題は、
口を閉じたあと、しばらくして、自分の感覚のほうを疑い始めること。 ここがあなたにとっての本当の損失です。
「たぶん私が変なんだろう」
「みんなが平気なんだから、私も平気になるべきだ」
そうやって少しずつ、自分の中の感覚や基準を手放してしまいます。手放したあとに残るのは、他の人の物差しです。楽ではありますが、元々あなたの人生を形作るためのものではありません。
あなたが違和感を口にしなくなったのは、違和感がなくなったからではありません。他人の常識の方が大きすぎて、あなたの感覚を口にできる場所がなかっただけです。
昼の空にも、星は出ている
昼の空を見上げても、星は見えません。
でもそれは、星が消えたからではありません。太陽が明るすぎて、見えなくなっているだけです。星は今この瞬間も、そこにあります。位置も明るさも、夜と何ひとつ変わらないまま。
あなたが感じている違和感も、これと同じです。
見えていないのは、そこに何もないからではない。見るための条件が、その場所には揃っていなかっただけです。忙しさ、空気、みんながそう言っているという光の強さ。それがまぶしくて、見えなくなっている人がいる。
夜が来れば、その人にも同じ星が見えます。今はまだ、その時間ではないだけです。
必要なのは、周りを説得することではありません。
自分に見えているものを、見えていると認めること。それだけです。
先に見えてしまう人が、静かに払っているもの
先に気づくことは、いいことばかりではありません。
まわりが気にしないことが気になります。みんなが流せることを、流せません。その場の誰もが普通にしているのに、あなたの中にだけずっとモヤモヤしたものが動いている。
これが続くと本当に疲れます。
そして、このモヤモヤを説明しようとして、もっと消耗してしまいます。
自分が感じたことを、なんとか言葉にして、伝えようとする。うまく伝わらないから、言い方を変えてもう一度話す。それでも伝わらないと、今度は自分の感じ方が間違っていた気がしてくる。
この繰り返しで、多くの人が静かに削られていきます。
でも、思い出してほしいことがあります。
あなたは、間違ったのではありません。人より早く気づいただけ。
夜が来る前に、星を見つけてしまった人がいる。それだけのことに、名前がついていなかったから、あなたは自分を「変わっている人」だと思うことにしたのだと思います。
今日、ひとつだけ
ひとつだけ、試してほしいことがあります。
違和感を、誰かに説明しようとしないでください。
かわりに、一行だけ書き留めてください。
スマホのメモでも、手帳の隅でも、どこでもかまいません。きれいに書く必要はありません。
「今日の会議、あの決め方が気持ち悪かった」
「あの言い方、まだ引っかかっている」
これで十分です。
説明は、相手が受け取ってくれないと成立しません。だから、うまくいかないと自分のせいに感じます。
でも記録は、あなたひとりで完成します。誰の許可も要りません。
そして一週間ほど経つと、あることに気づきます。似たようなことを、何度も書いているはずです。
そのとき、それはもう気のせいではありません。何度も同じ場所で反応しているなら、それはあなた自身の基準です。
証明しようとしていた力を、記録に回してください。 それだけで、だいぶ楽になります。
昼の空に星が見えなくても、星はあります。あなたに見えているものも、同じです。
先に気づいたのなら、その違和感を、信じていいんです。
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