見えない世界のはなし

先に気づいた人は、お金の常識も、先に手放していい

旭しのぶ

会社や集団の中でいるのがしんどく、人前が苦手。 友達がいない自分はおかしいとずっと思ってきました。 精神世界や引き寄せを学び、 「今のままの自分でいい」と思えたことで生きやすくなりました。 静かに、自分軸で生きるヒントを発信しています。

お金が、なぜか手元に残らない。
なぜか、巡ってこない。

そう感じたとき、私たちはたいてい、方法のほうを見直します。もっと働くか、もっと切り詰めるか。

でも、やり方を変えても、しばらくすると同じところに戻ってきてしまう。そんな経験は、ありませんか。

もしかしたら、変えるところが違うのかもしれません。

方法の前に、知らないうちに握りしめている「お金の常識」のほうを、一度ほどいてみる。この記事は、そういう話です。

その「お金の常識」は、いつ、誰から受け取ったのか

少しだけ、思い出してみてください。

「お金の話をおおっぴらにするのは、はしたない」
「苦労して稼いだお金こそ、尊い」
「欲しがるのは、いやしいことだ」

こういう感覚が、あなたの中にありませんか。

ここでひとつ、不思議なことがあります。この三つを、あなたはいつ、自分で決めたでしょうか。

学校で教わった記憶はないはずです。誰かに「そう思いなさい」と言われた覚えもない。それなのに、いつのまにか、それが当たり前になっている。

出どころは、たぶん、もっと日常の中にあります。親が電気を消しながらつぶやいた言葉。テレビの中で、贅沢な人が少し悪者に描かれていた場面。給料の話になると、教室や職場の空気がふっと変わったこと。

そういう小さなものが、何年もかけて積み重なって、いつのまにか「自分の考え」の顔をして座っている。

あなたが選んだものではないんです。ただ、気づかないうちにそこに置かれていた。それだけです。

先に気づいた人ほど、お金で苦しみやすい

ここからが、少し不思議な話です。

こうした常識に、そもそもなにも感じない人がいます。「お金の話ははしたない」と言われれば、そういうものかと受け取って、それ以上は考えない。世の中の大半は、そうやって過ぎていきます。

でも、あなたはたぶん、違和感に気づいてしまった側です。

なぜ、はしたないんだろう。
なぜ、苦労したお金のほうが偉いんだろう。
なぜ、誰もそれを聞かないんだろう。

聞いてはいけない空気だけが、はっきりと分かる。だから、聞かない。

ここに、少し切ないことが起きます。気づいた人のほうが、気づかず過ごしている人よりも苦しくなるということです。

常識を鵜呑みにした人は、迷いません。決められた道を、決められたとおりに歩けばいい。けれどそこに「なぜ?」を感じてしまった人は、同じ道を歩きながら、ずっと違和感を抱えることになります。しかも、その違和感を説明する言葉を持っていない。

言葉がないと、人はどうするか。自分のほうを疑います。

考えすぎなんだろう。ひねくれているんだろう。みんなが平気なのに、自分だけがうまくできないんだろう。

そうやって、いつのまにか、感じ取る力のほうを責めるようになる。

でも、違うんです。

あなたは、みんなが疑わないものに、先に気づいてしまっただけ。それは欠点ではなく、人より少しだけ感覚が澄んでいるというだけのこと。(このことは「先に気づいた人は、先に生きていい」にも書いています)

そして、先に気づけるということは、先に手放せるということでもあります。

先に気づいた人が、そっと手放している3つの思い込み

常識の出どころが見えてくると、手放せるものが出てきます。ここでは、多くの人が握りしめたままになっている思い込みを、三つ挙げます。

ひとつめ。「欲しい」と願うほど、遠ざかる。

「お金が欲しい」と強く思うとき、心の奥では「今、足りない」と感じています。その足りなさのほうが、静かに現実をつくっていきます。

ふたつめ。「心配」するほど、その通りになる。

足りなくなったらどうしよう、と考えている時間が長いほど、人は「足りない前提」で選択をするようになります。選択が変われば、結果も変わります。

みっつめ。「握りしめる」ほど、入ってこない。

この三つめを、少し丁寧に見ていきます。いちばん気づきにくくて、いちばん根が深いところだからです。

握りしめているのは、お金ではない

通帳の残高を、必要もないのに何度も見てしまう。使ってもいいはずの場面で、なぜか手が止まる。安いほうを選んだのに、あとから少しだけ、心が重くなる。

こういうとき、握りしめているのはお金そのものではありません。「これがなくなったら、終わりだ」という感覚のほうです。

誤解のないように言うと、これは「気にせず使いなさい」という話ではありません。守るべきものを守るのは、とても自然で必要なことです。

ただ、握りしめている手は、開かないんです。開かない手には、何も入ってきません。出ていかないかわりに、入ってもこない。息苦しい状態が、長いあいだ続いてしまう。

「もうある」から、手が開く

ここで、引き寄せの法則という言葉について、一度だけ触れておきます。

これは「願えば叶う」という話ではありません。ここで言う引き寄せの法則とは、『もうある状態に、先になって、そのように振る舞うことで、後から現実が追いついてくる』ということを指しています。『欲しい』と願うことは、まだ持っていない状態を認めること。実は「引き寄せの法則」では逆に働きます。

手が開いて差し出すことができるのは、「もうある」と思っている人だけです。逆に言えば、握りしめている手は、「もうない」「まだない」と毎日自分に証明し続けている手でもあります。

だから、順番が逆なんです。お金が増えたら安心する、のではありません。安心している人のところに、巡ってくる。

順番が逆だと気づいてしまえば、あとは簡単です。先に気づいた人が、常識を先に手放せるのは、そういうことなんです。

(自分にお金のブロックがあるかを見分けるサインと、そこからの外し方は、「お金のブロックに気づく3つのサイン」に書いています)

今夜、ひとつだけ

ここまで読んで、心当たりのあるものが、いくつかあったかもしれません。

でも、三つ全部を今日から手放そうとしなくて大丈夫です。長いあいだ握っていたものは、力を入れて引き剥がそうとするほど、かえって固くなります。

かわりに、今夜ひとつだけ、やってみてほしいことがあります。

今日、お金のことで心が動いた場面を、ひとつだけ思い出してみてください。

レジで少しだけ迷ったこと。値段を見て、そっと棚に戻したもの。誰かの買い物を見て、なぜか落ち着かなかったこと。金額の大きさは関係ありません。心が、ほんの少し動いた場面で十分です。

思い出したら、その場面の自分に、こう聞いてみます。

「これは、私の考えだろうか」

それだけです。答えを出さなくていいし、無理に手放そうとしなくてもいい。

不思議なもので、この問いを一度置くだけで、「自分の考え」の顔をしていたものを、少しだけ離れて見ることができます。ずっと自分のものだと思っていたのに、よく見ると、どこかから来たものだった。

気づいてしまえば、それはもう、以前と同じ強さでは効きません。

手放すというのは、力を込めて捨てることではないんです。これは自分のものじゃなかった、と気づくこと。 気づいたぶんだけ、手はひとりでにゆるみます。

あなたはもともと、受け取れる人です

ここまで読んで、少し身構えている人がいるかもしれません。

思い込みを手放す。手を開く。安心している人のところに巡ってくる。——言っていることは分かるけれど、じゃあ明日から急に安心できるのか、と。

できません。少なくとも、頭で決めただけでは無理です。

何年もかけて積み重なったものは、想像するより深くあなたの中に根付いています。それは、あなたの意志が弱いからではありません。

ただ、ひとつだけ言えることがあります。

「もうある」という感覚は、これから身につけるものではありません。もともと、あなたの中にあったものです。

子どもの頃、お金の心配をせずに望む未来を信じていたことがあったはずです。あのとき、手は開いていました。閉じ方を覚えたのは、そのあとです。だから、新しく手に入れる必要はなくて、思い出せばいいだけなんです。

ただ、思い出すには、繰り返しがいります。何年もかけて入ってきたものを、一度の気づきで上書きすることはできないからです。


私が繰り返し聴いているのが、ひまわりさんのアファメーション作品「アルファソート」です。

静かに流しておくだけで、「もうある」という前提のほうに、少しずつ戻っていける。頑張って信じ込む必要がないところが、この作品のいちばんいいところだと思っています。手を開く練習を、毎日ひとりでやらなくて済む。

5つの入り口があります。お金のことで心当たりがあるなら、そこから入ってみてください。

「もうある」を思い出すための、5つの扉


最後に、もう一度だけ。

あなたが握りしめてきたお金の常識は、あなたが選んだものではありませんでした。

気づいてしまった人は、その分だけ苦しかったと思います。でも、気づけたということは、自ら選べるということです。

先に気づいた人は、先に手放していいんです。誰の許可もいりません。

私の人生を変えたアルファソート

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