自分軸でいきる

先に気づいた人は、先に生きていい

旭しのぶ

会社や集団の中でいるのがしんどく、人前が苦手。 友達がいない自分はおかしいとずっと思ってきました。 精神世界や引き寄せを学び、 「今のままの自分でいい」と思えたことで生きやすくなりました。 静かに、自分軸で生きるヒントを発信しています。

「あなたは間違っていない。ただ少し、まだ周りがついていけないだけ」

そう言われて、少しほっとしたとします。

でも、翌朝はやってきます。同じ時間に起きて、同じ電車に乗って、同じような会話に、同じようにうなずいている。

慰めは、優しいけれど、明日を変えてはくれません。

ここから先の話を、書きます。

そのうち、わかってもらえる

先に気づいてしまった人が、いちばん静かに陥りやすいのが、待つ姿勢です。

いつか時代が変わって、周りが追いついてきて、そのときには、この感覚もわかってもらえる。そう思うのは自然なことですし、実際、そうなることも多いのだと思います。

ただ、その「いつか」を待っているあいだも、毎日はふつうに過ぎていきます。

わかってもらえる日を待つというのは、言いかえると、自分の人生が動き出すタイミングを、周りの理解のスピードに預けてしまうということです。

待っているかぎり、いつ始めるかを決めるのは、自分ではなくなってしまいます。

いちばん力を使っているのは、合わせること

疲れの正体は、たぶん、「気づいてしまったこと」のほうではありません。

「気づいていないふりをする」ほうです。

話の合わない場所で、合っているような顔をする。心の中で「そうかな」と思いながら、そうですね、と返す。誰かの愚痴に、たぶん本心ではない相槌を打つ。

ひとつひとつは小さなことです。でも、これを一日に何度も繰り返していると、家に帰るころには、理由のわからない疲れだけが残っています。

孤独そのものより、孤独を隠すことのほうが、ずっと体力を使うのだと思います。

(このあたりのことは、寂しさと孤独は、違うもの にも書いています)

先に気づいたということは、先に生きられるということ

昔、地球は丸いと言った人たちがいました。

その人たちは、笑われながらも、すでに丸い地球の上を歩いていました。世界が認めてくれるのを待ってから、丸いと思いはじめたわけではありません。

先に気づくというのは、未来を先に知ることではないのだと思います。

未来を、先に生きられるということです。

追いつかれるのを待つ必要は、ほんとうはありません。もう見えているのなら、その見えている世界のほうで、今日を過ごしてしまっていい。

あなたにその許可を出せる人は、たぶん、ひとりしかいません。

「みんなが」ではなく「私は」で決める

といっても、大きなことをする必要はありません。

会社を辞めるとか、人間関係を切るとか、そういう話ではないんです。

今日ひとつだけ、周りの基準ではなく、自分の感覚のほうで決めてみる。それだけです。

行かなくていい集まりに行かない。みんなが持っているものを、買わない。気の進まない誘いを、ひとつ断ってみる。

小さいほうがいいのは、小さな選択なら、毎日あるからです。

大きな決断は年に数回しか来ませんが、小さな選択は今日も明日もあります。
そのたびに「私は」で決めていくと、いつのまにか、自分の感覚で世界を歩く時間のほうが長くなっていきます。

時代は、あとから来る

先に気づいた人が、ずっと孤独なままかというと、そんなこともありません。

時代は、あとからあなたに追いつきます。

ただ、それを待つ必要がないだけです。待たずに歩いていた人のところに、あとから追いついてくる。順番はそれでいいのだと思います。

あなたは、早く来すぎたわけではないんです。

ただ、先に歩きはじめただけなんです。


とはいえ、周りと違う感覚のまま毎日を過ごしていると、『私はどうしたい?』がだんだん聞こえにくくなってきます。まわりの声のほうが大きいので、自分の声が小さく感じられてしまう。

私は毎朝、アルファソートの〈自分軸〉を聴きながら支度をしています。何かを信じるためではなく、外側の音で埋まってしまった場所に、自分の声を戻すための時間です。

外側の雑音から、自分の中心に戻る。

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