「幸せになりたい」——きっと、誰もが一度は思ったことがあります。
でも、その「幸せ」のかたちを、あなたはいつ、誰から受け取ったのでしょうか。
―いい学校に入ること。いい会社に勤めること。
―結婚して、家庭を持つこと。家を買うこと。
並べてみると、どれも「そういうものだ」と感じます。
けれどよく見ると、それはあなたが選んだものというより、まわりから自然と教わってきた「幸せの形」ではないでしょうか。
その"幸せ"は、誰が決めた?
面白いのは、すべてを手に入れたのに、どこか満たされない人がいることです。
反対に、多くを持たないのに、毎日を静かに楽しんでいる人がいます。
この差は、持っているものの量ではありません。
「自分にとっての幸福を、自分で決めているかどうか」です。
哲学者のフーコーは、権力とは「何が正常か」を決めることだと言いました。
つまり、世の中を動かす力とは、「これが普通」「これが正しい」と、いつのまにか決めてしまう空気そのものだ、ということです。
「幸せとは、こういうものだ」という世の中の思い込みも、その力のひとつです。
この“決められた幸せ”を追いかけているあいだ、あなたはずっと、他人のものさしで自分を測ることになります。
手に入れても、なぜか満たされない。手に入らなければ、自分を責めてしまう。
どちらに転んでも、心は幸せから遠いままです。
あなたにとっての幸福は、何ですか
だから、一度だけ、静かに自分に聞いてみてください。
「私にとって、幸福って何?」と。
朝、ゆっくりコーヒーを飲む時間かもしれません。犬と歩く夕方かもしれません。誰にも邪魔されず、本を読む夜かもしれません。
——答えはきっと、あなたの日常の、小さなところに隠れています。
そしてこの問いは、ひとりの時間にしか、聞こえてきません。まわりの声から離れて、自分とちゃんと一緒にいる時間。
その静けさの中でだけ、あなた自身の答えは、そっと浮かんできます。
一人になる時間そのものについては、こちらの記事にもう少し詳しく書いています。あわせて読んでみてください。
今夜、ひとつだけ
今夜、眠る前に、ひとつだけでいいんです。
「今日、幸せだと感じた瞬間」を思い出してみてください。
小さくて、誰にも言えないような瞬間でいい。それを見つけられたなら、あなたはもう、自分のものさしを持ち始めています。
社会が決めた幸福ではなく、あなたが決めた幸福を。
その一歩から、人生の方向は、静かに変わっていきます。