最近、何かを見て「きれいだな」と、思わず立ち止まったのはいつですか。
夕焼けでも、雨あがりの匂いでも、湯気の立ちのぼり方でも、なんでもいいんです。
……すぐには思い出せなかったかもしれません。
でも、それを「自分は心が動かなくなった」と受け取らないでください。あなたの感じる力が、どこかへ消えてしまったわけではないんです。ただ、少し聞こえにくくなっているだけ。その理由を、今日は書いてみたいと思います。
昔は、もっといろんなことに心が動いていた
子どもの頃を思い出してみてください。
空が青いだけで、なんだか嬉しかった。雪が降ってくるだけで、胸が高鳴った。水たまりひとつでも、しばらく見ていられた。
特別なことは何も起きていません。ただ、目の前のものが、そのまま心に届いていた。
それが、いつからでしょうか。
青空を見ても、きれいだとは思うけれど、足は止まらない。季節が変わっても、カレンダーで気づく。おいしいものを食べても、「おいしい」と言いながら、頭では別のことを考えている。
いつのまにか、心が動く回数が、静かに減っていた。
それを寂しく感じているなら、あなたの中には、まだちゃんと「感じたい」という気持ちが残っている証拠です。本当に鈍ってしまった人は、その寂しさにすら気づきません。
感受性は鈍ったんじゃない。静かな声が、届かなくなっていただけ
なぜ心が動かなくなったのか。
答えは、あなたの感度が落ちたからではありません。まわりの音が、大きくなりすぎたから。
想像してみてください。
静かな部屋なら、遠くの鳥の声や、雨のかすかな音まで聞こえます。でも、大音量でテレビがついている部屋では、同じ音がまったく届かない。音が消えたわけじゃない。かき消されているだけです。
今のあなたの毎日は、どうでしょうか?
スマホの通知、こなすべきリスト、頭の中で鳴りやまない「あれもしなきゃ、これもしなきゃ…」
その音量が大きすぎて、朝の空気や、風の揺らす木の葉の音、道端の小さな花みたいな、静かな信号が届かなくなっている。
感受性は、ラジオの受信に似ています。放送はずっと流れている。でも、まわりが騒がしければ、チューニングが合っていても聞こえません。
あなたの受信機は、壊れていません。感度も、落ちていません。ただ、まわりのノイズが大きすぎて、聞こえていた放送が拾えなくなっただけ。
そうだとしたら、やることはシンプルです。
感度を上げようと頑張るのではなく、ノイズのほうを、少し小さくする。それだけで、消えたと思っていた感覚が、また少しずつ聞こえてきます。
「余白の時間」が、感覚を連れ戻す
では、ノイズを小さくするには、どうすればいいのでしょうか。
難しいことではありません。ひとつだけ、鍵になるものがあります。
それは、「何のためでもない、ただ過ごすだけの時間」です。
役に立つわけでもない。誰かに報告するわけでもない。ただ、それ自体のためにある時間。実はその時間にだけ、頭の中の「あれもこれも」という音が、すっと静かになります。
目的があると、私たちはどうしても先を急いでしまう。「早く終わらせよう」「次は何をしよう」と、意識が今ここから離れていく。でも、目的のない時間には、急ぐ理由がありません。だからようやく、意識が目の前に戻ってくる。
そうやって静けさが生まれたとき、消えていたはずの小さな信号が、また届き始めます。
窓の外の光。お茶の湯気。遠くの物音。
「何のためでもない、余白の時間」は、あなたの感覚を、そっと連れ戻してくれるんです。
(この「何のためでもない時間」については、前回の記事で詳しくお話ししています → 何のためでもない時間だけが、あなたの人生の味になる)
星を見て「きれい」と思えたら、それだけで十分
夜、ふと空を見上げたとき、星が「きれいだな」と思えたとします。
それは、何かの役に立つでしょうか。
立ちません。星を見ても、仕事は進まないし、お金は増えないし、明日が楽になるわけでもない。
でも、その「きれい」と感じた一瞬こそ、あなたの感受性が戻ってきた証拠なんです。
役に立つものにしか心が動かないうちは、まだノイズのほうが大きい状態です。「これは何の意味があるんだろう」と考えてしまう。
でも、何の役にも立たないものを見て、ただ「きれい」と思えたなら——それは、あなたの心が、損得の外側で動いた瞬間です。
人は何千年ものあいだ、夜空を見上げてきました。星を見ても、お腹は満たされないのに。それでも見上げずにいられなかったのは、役に立つかどうかとは関係のないところに、心を動かすものがあると、知っていたからです。
だから、もし今夜、空を見て何かを感じられたら。
それだけで十分なんです。あなたの感覚は、もうちゃんと戻ってきています。
今日、ひとつだけ立ち止まる
今日、何かひとつだけ、意味もなく立ち止まってみてください。
空でもいい。風でもいい。カップから立ちのぼる湯気でもいい。窓の外の光でも、雨の音でも。何でもいいので、ひとつだけ、しばらく見つめてみる。
そして、そんなふうに立ち止まった自分を、ゆるしてあげてください。
役に立つことばかり追いかけてきたあなたが、何の役にも立たない時間を、自分に許す。その小さな許可から、消えていた感覚は戻り始めます。
感受性は、新しく手に入れるものではありません。
あなたはもう、それを持っています。子どもの頃、空が青いだけで嬉しかった、あの感覚。どこかへ消えたわけではなく、ノイズの向こうで、静かに待っています。
だから、取り戻そうと力む必要もありません。少しだけ、まわりの音を小さくする。ひとつだけ、意味もなく立ち止まる。それだけで、もともとあったものが、また聞こえてきます。
あなたの感受性は、戻ってきます。
もうずっと、あなたの中にあるものだから。
まわりの音を小さくして、「もうある」ものに、そっと耳を澄ませる。そんな時間を助けてくれるものを、私も使っています。