自分軸でいきる

誰にも見られていなくても、それを続けますか

旭しのぶ

会社や集団の中でいるのがしんどく、人前が苦手。 友達がいない自分はおかしいとずっと思ってきました。 精神世界や引き寄せを学び、 「今のままの自分でいい」と思えたことで生きやすくなりました。 静かに、自分軸で生きるヒントを発信しています。

前の記事で、「すべき」を書き出してもらいました。
そのリストは、まだ手元にありますか。

その「すべき」は、どこから来たのか

手元になければ、今思いつく「すべき」を3つだけ書いてみてください。

前の記事では、そのリストにひとつずつ問いかけてもらいました。

これは、本当に私がしたいことか。それとも、誰かの声か。

すぐに答えが出たものもあったと思います。
そして、どうしても答えが出ないものが、半分くらい残ったはずです。

この記事は、その答えの出なかった半分の話です。

「したいか」に答えられないのは、疲れているから

「本当にしたいか」と聞かれて、すぐに答えられる人は多くありません。
疲れているときは、なおさらです。

「したい」は、体の奥にある小さな感覚です。
一日じゅう「すべき」に応えているあいだ、その感覚は後回しにされます。
後回しにされ続けた感覚は、呼ばれてもすぐには出てきません。

答えが出ないときは、聞き方を変えてみます。

「したいか」ではなく、こう聞くんです。
その「すべき」ことは、誰かに見られている?

見られていると、人は自分で自分を律しはじめる

「すべき」を少し緩めたとき、誰かに見られている気がしたことはありませんか。

哲学者のミシェル・フーコーは、「見られている」という意識そのものが、人を変えると考えました。

見られていると感じた瞬間、人は自分で自分を律しはじめます。
誰かに注意されるより先に、姿勢を正し、言葉を選び、ふるまいを整えます。

そしてこの感覚は、見ている人がいなくなっても残ります。
一度内側に入った視線は、自分の視線のような顔をして、働き続けます。

前の記事で、外から来た声が、自分の声のように聞こえるようになった、と書きました。
その声の多くは、視線の形をしています。

早く返信すべき、は、遅いと思われないために。
休みの日も有意義に過ごすべき、は、「何してたの」と聞かれたときのために。
部屋を片づけておくべき、は、急に誰かが来たときのために。

どれも、その場に誰もいなくても、ちゃんと働きます。
だから、自分の声に聞こえるんです。

でも、視線でできた「すべき」には、ひとつ特徴があります。
誰かの視線を遮って考えると、続ける理由が急に薄くなることです。

誰にも見られていなかったら、続けますか

リストを、もう一度出してください。
ひとつずつ、この問いを当てていきます。

誰にも見られていなかったら、これを続けますか。

誰にも知られない。誰にも聞かれない。ほめられることも、注意されることもない。
そういう場所で、ひとりで暮らしているとします。

答えは、3つのどれかでかまいません。
続ける。続けない。わからない。

「したいか」では迷ったものも、この問いだと答えが出ることがあります。

たとえば、部屋の片づけ。
誰も来ないなら、週末にまとめてやればいい。そう思う人もいます。
散らかった部屋だと自分が落ち着かないから、毎日片づける。そう答える人もいます。

同じ「すべき」でも、答えは人によって違います。
それでいいんです。見分けたいのは、正しいかどうかではなく、誰のためにあるかです。

「わからない」が残ったら、そのままにしておいてください。

見られていなくても残るものは、あなたのものです

「続ける」と答えたものは、減らさなくていいものです。

誰の視線もないところで残るなら、それは誰かに言わされている「すべき」ではありません。
あなたが自分で選んで、持っているものです。

「続けない」と答えたものは、誰かからの視線のために続けてきたものです。
今日は、印をつけておくだけにしてください。

減らすのは、どれが自分のものか分かってからで間に合います。


明日、「続けない」に印をつけたことをするとき、少しだけ気にかけてみてください。

今、誰の目を気にしているか。

そのとき、部屋には誰もいないはずです。


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